2012年4月30日月曜日

BODY CHANCE - 音楽家はアレクサンダー・テクニークを必要としているか?


著者:ジェレミー・チャンス
小山千栄 訳

みなさんに、アレクサンダーの発見は、音楽家にとっていかに有益であるかを話していきたいと思います。

まず、自分自身の身体の調子を整えることができる、という概念を説明します。

身体の機能の仕方の良し悪しは、常に、その整え方によって決定されます。わたしたちは、自分自身を効率良く「使う」能力があるのだ、という概念をはっきりと認識したとき、日常生活での多くの活動を適切にこなしていくことが出来るようになるのです。今日は、どうすればこれができるか、ということを説明します。アレクサンダー氏は「人間の頭の動き方は、背骨と四肢の動き方を決定している」ということを発見しました。頭の動きの整え方が、脊柱の協調作用を決定し、つぎに手足の協調作用も決定されるのです。機能があやまっていると、頭と体の関係性にも悪い影響をうけてしまうのです。あやまった協調作用のありかたを正す方法論が、アレクサンダーの原理なのですが、この原理の根本には、「行動しないことによ� ��て変化をなす」、という考えがあります。身体の協調作用にあやまりがあるとすれば、わたしたちがしていることにどこか誤りがある、という考えです。したがって、最初のステップは、わたしたちの体に備わっている正常な協調作用を邪魔している「行為」をやめることなのです。そうすれば、アレクサンダーさんがよく話していたように、「正しいことは本来自然におこる」のです。

今日はまず、昔話からはじめます。けっして捕まえられなかったエジプト人の密輸業者の話です。ある日、警察官は、この男が町の商品を密輸する、と警告されました。密輸業者がロバに乗ってアレキサンドリアの門の前についたとき、警察官は男の荷物をすべて調べましたが、密輸品などどこにも見当たりませんでした。そこでしぶしぶ警官は男を逃しました。これは何度もおこったのですが、いつもどんなに男を調べても、ロバを調べても、警官は密輸品をけして見つけることはできませんでした。何年もたって、警官は密輸業者と友だちになったとき、聞きました。いったいきみはどんな密輸品を町にもちこんでいたんだね? 密輸業者は答えました「ロバさ。」

ときとして、もっとも重要な情報はわたしたちにとって自明のものとなりすぎて、見えないことがあります。音楽家は、自分の内に隠された楽器をもっています。それがあまりに自明のことになってしまっているため、その存在を実際に認知することができなくなっているのです。この隠された楽器は、音楽家がどのように演奏するかに作用します。音の質、音楽家の存在感、部屋の雰囲気に作用するのです。やがては、音楽家の職業生活の長さをも決定していくことになるのです。

これからイメージを見ながら説明を続けましょう・・・


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この5人を見ると、パーソナリティがずいぶん、違うという印象をうけるでしょう。こうした印象とはいったい何なのでしょうか? この疑問を少しのあいだだけ考えてみて下さいーーこの5人の性格はそれぞれ異なるというのはわかるけど、いったいなにを根拠にこの違いを見いだしているのでしょうか?誰かが、この5人の性格が違うことをあらかじめ教えてくれたというのでしょうか? いいえ、そうではありません。だとしたら、ひとりひとりから、このようにはっきりと違った感覚を受けとるのはなぜでしょうか。

それは、このひとたちの動き方のせいです。このひとたちは同じように動いているでしょうか。動いていませんね。

ロバの物語を思ってみてくださいーー音楽家の演奏に関して。自明なことなのに見えていないことってなんでしょう?

それは音楽家自身なのです! もっとはっきりといいます。自明なことというのは、音楽家の場合、楽器を演奏しているあいだ、自分自身をどのように扱っているかということなんです。楽器を見て、音を聞きますーーひとりひとりが違う方法で楽器を弾いているのが分かりますか? 次の4つの写真を見て下さい。

イメージ2ーー4人の音楽家がチェロをひいているコラージュ

私たち自身の使い方

先程のイメージの5人の歩き方がそれぞれ異なっていたように、楽器のひきかたにも、やはりそうした違いが見てとれます。同じ楽器でも、人によってずいぶん違う動き方をして、楽器を演奏していますね。自分自身をどう使っているかなんて、いったいどの程度気づいているのでしょうね。わたしは、最初のレッスンで、生徒さんに「ちょっと歩いてみてください」と言います。そして歩き終わったら、「歩きながら、自分自身についてどんなことに気づきましたか?」と尋ねます。ほとんどの生徒さんが何を言われているのかよく分からないという顔をして私の方を見ます。はじめての生徒さんが知らないのは、単に知識のことではないのです。生徒さんは自分が知らないということすら気づいていない、状態なのです。わたしの質問� �、「探究すべき新しい領域がここにあるんですよ、目を開いてください」という呼びかけなのです。この領域は、ほとんどのひとにとって未経験なのです。しかし自分が何をしているのかを知らなければ、自分を変えていける望みは消えます。だからこそわたしたちは、日常生活でいろんなことをこなしているなかで、自分自身をどのように使っているのかを調べ、分析し、理解する必要があるのです。


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使い方は、機能に作用する

さて、次に理解すべき重要なポイントは、わたしたちの身体の動き方は、常に、たゆむことなく、体全体の機能の仕方に肯定的な影響か、否定的な影響のどちらかをあたえているのです。わたしたちの身体の整え方は、呼吸器、血管、消化器系、視覚、聴覚、話し方、筋感覚システムに作用します。このようなシステムがどのように機能するかは、わたしたちの健康と幸福を決定します。しかし、機能の仕方というものは、わたしたちが自分自身全体をどのように扱っているかによって、変わってくるのです。これは、アレクサンダーの重要な発見のひとつで、115年たったいまもなお新しい、革命的アイデアであることに変わりはないのです。

音楽家にとっては、身体の協調作用がまずいと、疲れ、痛み、頭がぼんやりする、ものわすれ、行動全体の不適切さなどに結びついていきます。痛みだけでも、有望な職業生活を傷つけてしまいます。痛みは自分自身の整え方を変えないかぎりつきまといます。こんなことでは、楽器を演奏するあいだもさるとこながら、日常生活を送るうえでも支障がおこります。

したがって、良い協調作用をつくっていく方法を探し出すことは、音楽家にとっての決め手となるのです。実のところ、これはだれにとっても言えることですね。だからこそ、アレクサンダーテクニークは、広く異なった分野で使われているのです。ドイツ乗馬オリンピックチームからイギリスのボートこぎのオリンピックチームまで、広く使われているのです!

頭の動きは、脊柱の協調作用に影響する

よい協調作用と、よくない協調作用をどのように見分ければいいのでしょう? これに関して、アレクサンダーは偉大な発見をしました。これがあんまりにも単純なのには、びっくりしてしまいます。

イメージ4ーー頭の動き方は、脊柱の協調作用に影響する

彼の発見は、自分の頭の動きの調整の仕方によって、体のふるまい方が変わってくるということでした実は、バレリーナはこのことを何百年ものあいだ理解してきました。バレーでは踊っているあいだに頭をどうあつかっているかによって、身体の動き全体が変わってくることが知られていました。腕や指や呼吸を気にするまえに、とにかく頭の動き方に注意して、ということが彼らの世界では通用していたのです。音楽家はこれを知っていましたか? 残念ながら、ほとんど知られていないのです。それは重要なことであるとはさほど認識されていないでしょう。自然はわたしたちにとても親切です。非常に入りくんだ、複雑な人間の動きのコントロールシステムをわたしたちに分からせようとするのではなく、わたしたちが最高の協調 作用で機能できるようにシンプルな頭ー体のメカニズムを提供してくれました。このアイデアを説明するために、ちょっとみなさんに実験してもらいましょう。みなさん、ちょっと手をあたまより上にあげて、腕をすこしだけ動かしてください。

これを何回かやってみてください。でも今度は、頭を体にむかって押し下げるようにして手をあげてください。首もかたくするのです。腕はどんな感じがしますか。ほとんどのひとが動きにくくなったのではないですか。


美術フォールズチャーチのコロンビア研究所

どうして悪くなったのでしょう? なにかやったからに違いありません。頭を押しさげることによってあなたは緊張していったので、腕の動き方もその影響を受けたのです。さて、つぎに、また頭を押し下げて腕を動かしてください。ただし今回は、腕を動かしながら、頭を押し下げるのをやめてみてください。あなたの腕はそうするとどんな具合になりますか?

ほとんどのひとが頭を押し下げるのをやめると、腕がうごきやすくなるはずなのですが、みなさん、どうでしたか。腕が動きやすくなったひとは、手をあげてください。実験がうまくいかなかったひとは、残念でした。わたしの生徒のひとりに来てもらって、このやり方を教えてもらってください。

この実験によって、人間の協調作用に関する重要なところが明らかになったはずです。ですが、これは重要であっても、いたって単純な真実なのです。

頭ー体の関係性に緊張をつけくわえても、わたしたちの体に備わっている自然な協調作用に干渉するだけなのです。

アレクサンダーの先生たちは、他のなによりもさきに、頭ー体の関係性に着目します。そして、このような問いかけをしますーーこの人の場合、頭ー体の関係性にいったい何が干渉しているだろうか? 何か不必要な緊張を付け加えていないだろうか? 例をいくつか出します・・・

「ドアを開く、バイオリンのボーイングのデモをする。

無為(あるがまま)の精神ーーしないこと

さて、とても深遠なことをお話していきます。ですが、みなさん注意してください。深遠なことは単純すぎるように聞こえてくるものです。このことを考えてみて下さい。

緊張をつけくわえているのに、緊張をとることはできません。

え? なんですって? あたりまえでしょう、という声が聞こえてきそうですね。自分の体に緊張を加えているのに、自由や心地のよい状態がどうやって手に入るというのでしょう? 自由や心地のよさは体の緊張がへったら手に入るものでしょう。ですが、この考えは理屈ではとても簡単なはずなのに、自分の協調作用のこととなると、この考えを真に実践しているひとはほとんどいないのです。それどころか、緊張を加えていくことばかりしているのです。

今日、ここにいるだれかさんの体の協調作用にあやまりがある場合、ふつうなら、それに対して「何かをする」ことで処置するでしょう。しかし、何かをするということ自体が、すでにいろいろあって飽和状態である体にとっては、これでもかと言わんばかりに、緊張をつけくわえられたように感じるのです。さて、あなたは緊張をつけくわえて、緊張を減らすつもりですか? しかし、一般的アプローチにしたがっていると、より効果的な協調作用を求めているはずなのが、実際には緊張をつけくわえてしまうことになります。ほら、思い出してください。幼稚園に入っていらい、「きおつけ!」と言われてきたではないですか。わたしの言おうとしていることは、その記憶からなんとなく理解してもらえるかな、と思うのです。


アレクサンダー・テクニークの先生は、そのかわりとして、「無為(あるがまま)の精神ーーしないこと」をアプローチにします。これをするには、先生は手をつかって、むだな行為を減らしていくようにガイドします。アレクサンダー・テクニークの先生の手に導かれて「しないこと」を選択すると、奥深い経験ができます。生徒さんは、すべてがあまりにも楽で、軽やかで、解放された感じがすると報告してくれます。体がリラックスするのは、頭がリラックスしているからです。だって、体も頭ももともとは同じ存在なのです。それはあなた自身のことだから!

「ここでピアニストにデモレッスンをします。」

日本でのアレクサンダーのワーク

日本のATAでは、アレクサンダーテクニークの先生は、再短距離でも4年間のトレーニングをうけます。ひとの動き方を観察し、分析してから、言葉とタッチによって、生徒さんに協調作用の自然な状態を経験させることができるようになるには、それ以上の時間を要することもしばしばあります。他のひとを助けられるようになるには、アレクサンダーテクニークをつかって、まず自分自身の協調作用を良い方向に変えていく必要がありますーーある意味で、先生達は、体のコンサート・ピアニストになる必要があるのですーーそうなってはじめて、先生は、信用のおけるアドバイスができるようになるのです。

ここまで到達した先生のアドバイスは、つねに、デリケートで人を邪魔せず、効果的なものであるはずなのです。

わたしは、これまでで7年のあいだ、日本のフルタイムの教師養成スクールを経営してきました。トレーニングを無事終了したひとは、まだ11人しかいません。日本にはアレクサンダーの先生が、他にもいますが、それほど多くありません。この仕事は、日本ではまだはじまったばかりなのです。今、レッスンを受けてみたい方は、お知らせくださいーーただいままわってこれる先生の数は限られているのです。

西洋では、有力な音楽学校はみな、アレクサンダー・テクニークを取り入れています。日本でも、同じように、有力な音楽学校がみなアレクサンダー・テクニークを取り入れるようになる日が来ることをわたしは願っています。この進展の第一歩として、ワークのデモンストレーションをしてもらうために、上原さんをみなさんの学校に送りたいとおもいます。アレクサンダー・テクニークが音楽家の実際的な問題にどう対処できるかを見ることが、その効率のよさを確認する一番いい方法です。日本の音楽学校がアレクサンダーテクニークを取り入れてもらえれば、本当にこんなにいいことはありません。ですから、この講演会をぜひ上手に利用してください。

かわかみさん、今日わたしをこの場に招待し、助けて下さってありがとうございます。通訳の仕事を見事にこなしていただいた安納献さん、ありがとうございます。そして、ここに出席してくださったみなさま方、わたしにアレクサンダーのアイデアをいくつか紹介する機会をあたえてくださって、ありがとうございます。またお会いしましょう。ありがとうございます。

ジェレミー・チャンス

全国音楽高等学校協議会

2005年12月19日(土)



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